彼は常に対極の間に立ち、試行錯誤を続ける。「抽象と具象」「平面と立体」「固定と変化」など、その範囲は縦横無尽だ。

その二極を彼が選び取り、ひとつの形に収める時、何故かたちまちに世は軽妙になり、人々は明るい気持ちに切り変わる。それは今回の「動と静」でも、やはり安定感を持って迎えられた。その卓越したバランス感覚は、一体どこから生まれるのか。

端と端を見据えることで中央を把握し、一歩ずつ確実に踏みしめて行く。実直に人の心を打つ、彼の筆跡をなぞる。

「モノ」の迫力

今回の作品に至った経緯は?

まず、もともとやってみたい手法があった。大学の時にやってたアクリル版を重ねるやり方なんだけど、卒業制作ってこともあり、モノとしてのインパクトがある感じにしようと思って、そのときは板同士を離して重ねたの。

で、作り終わった後に「……これをくっつけたらどうなるんだろう」って思ったのね。でも、それ作ったときにすごくお金が掛かったし、何度もやるには厳しいぞと。

社会人になっちゃうと、なかなか作る場所もないし、東京来てすぐのときはお金もあんまりなかったしで、試すタイミングがなくて。ようやく落ち着いてきたところに、今回の展覧会っていうきっかけもあったから、じゃあもうそれで行こうかなって。

もうひとつは、自分の作風の確立をしたいという思いかな。イラストレーターってやっぱりすごい数が居るし、化け物みたいな人もたくさんいる。そういう人たちと競争になったときに、自分が納得いく形で差異を出す方法を探さないといけないんじゃないかと。

自分がすごいと思う人は、人が真似できないものを作ってる。それを考えていままでの自分をみてみると、どっか人の二番煎じなんじゃないかって感じがずっとある。それを脱却したいなっていうところかな。

その脱却の一つが、今回の「モノ」としての展示。

まずは物体感、サイズ感。いままでずっとデジタルデータでやってて、それはディスプレイか、印刷したもので、ペラペラじゃないですか。まさにビジュアル、見た目のみで、モノとしてはインパクトが薄い。

絵って、大きさとか見る環境とかがすごく大事だなと思ってて。たとえば展覧会でそこの壁ぐらいある絵を見たときと、同じ絵柄で10分の1ぐらいのものを見たときと、受ける印象はだいぶ違ってくるじゃないですか。やっぱり大きさや距離で見る印象ってだいぶ変わってくる。

モノになったときに受ける感覚を、自分の思っているようなインパクトを与える形にできないかなと。で、試しているのが今回のサイズって感じなんすよ。前から大きいモノを作りたいっていう気持ちはずっとあったんだけど、現実に実現できる大きさの限界はあって、なかなか試すのが難しかった。でもやっぱり大きいモノをみたときは「うわー」って思うから。大きければ良いってもんじゃないけど、良い作品が大きいと「うわー」ってなるね。

確かに、大きいとそれだけで迫力が違う。

あそこに飾ってるのは OHGUSHI さんっていうイラストレーターの人の本で、この人がすごいのは、結構デカいサイズで、筆で、ライブで描くんだよね。「うわーっ」って。感動するし、負けたわって気持ちにもなる。

だから、そっちのほうに自分もチャレンジして見ようかなって気持ちがある。ライブが自分にどこまでできるかはわからないけど、少なくとも「モノ」として、インパクトのあるもの、形のあるものを。

チャレンジ、上手くいきそう?

今回は自分でもゴールみたいなのははっきりとは見えてなくて、とりあえずこういう風にやったらどうなるんだろう?どこまでできるのかな、って自分でも疑問を持ちつつ、試し試しやってる感じかな。実際作り始めて分かることもあったから。

思ったようにならなかったり、思ったよりいいぞってなったり。これ、作った後に写真撮ったほうがかっこいいぞ、接写したらめっちゃかっこいいとかさ、そんなこともあったりして。だから一度作ってみないとわからないこともいっぱいあるなと。

そういえばこのあいだのライブペインティングの練習も、写真で撮ったら見え方が違ってかなり良かった。

引いて撮るとすごくよかったね。そんなふうに、ちょっと見方が変わっただけで印象が変わる。それもベストなのを探したいんだよね。だから今回の作品も、もしこの形で出すよりも写真で撮ったほうがかっこいいってなったら、それがある意味作品になるかもしれないし、それはちょっとわからないところだよね。

動と静

「動と静」というテーマについては?

絵と映像とがあって、映像は絵の連続で、実際に動いて見える。それはわかるんだけど、絵一枚でも動いてる感を演出しているモノってたくさんあると思うんですよ。本来映像で表現すべきその「動き」という概念を一枚の中に収めてるという、複合された表現、そこに魅力を感じる。

ストリートアートの人で、WK Interact って人がいるんだけど、その人がモノクロで、ボクサーが拳を出しているようなのを描いてるのを見て、すごくびっくりして。ああ、こういう描き方もあるんだと。止まってるのに動いている感じが伝わってくるのがすごいなと。その人を見たときに、「動き」をちょっと意識し始めて、それを自分なりにやってみたいというところもあって、それがずっと自分の中でくすぶってるのかもしれない。

今回は、動きを感じる絵にしつつ、さらにそれをレイヤー(層)にすることで、いろんな方向から「止まっているのに動いている」感じがある。

一枚の紙じゃなくて層があるから、視点を変えるとすこし奥行きを感じることができると思うんすよ。そのあたりが面白いなと思って。

立体を自分が動いて見ることで、そこから絵の動きを見いだすってわけね。なんか、GIFアニメで少しズラした絵を繰り返すと立体的に見えるっていうのを思い出した。

あれは時間軸があるからちょっと違うけど、1枚の絵の中に動きを付けるっていうのを実践してる点で近いモノはあるね。あれを最初に発見した人ってすごいなと。

奥行きが加わると「動き」に近くなってるのかも。アニメでも、左から右より、奥から手前に来ている方が動きを感じるから、奥行きと動きっていうのはすごく関係があるのかも。錯覚かもしれないけど。

確かに、動きを感じる上で「錯覚」はデカいね。

卒業制作のときもそういう感じで?

そのときは動と静とかあんまり考えてなくて……そのとき自分がハマってたのは、記号とかピクトグラムで、抽象化されたものとリアルなものを組み合わせた作品を作ろうと思ってた。でも、よく考えるとそのときも「動と静」みたいに相反した「記号と具象」を組み合わせて一枚の絵を作りたいっていうのはあったね。

記号が好きだったのも理由があって、そのころやってたカロリーメイトのCMにすごく衝撃を受けたの。どこが作ったのかは覚えてないけど、色味もすごく格好良くて、ピクトグラムみたいなのが小気味よく動いてた。それ見て「ああ、記号かっこいいわ。ピクトグラムええわ」みたいに。

対象をそのまま伝えないようにしながらも相手に伝えるか、みたいなところがあるのかもね。

天の邪鬼みたいだな(笑)。でも、言われてもやりたくねえ、みたいな、そういうところはちょっとある気がする。

大学ではいちおう、映像とか3Dとか一通りやったの。それはそれで面白かったんだけど、やっぱりどうしても静物のほうに目が言っちゃう。映像も好きだけど、絵は想像できる余地がある。何を想像しているかは分からないけど、なんか見てて落ち着くんだよね。映像だと情報が多すぎるゆえに、逆に想像できる範囲が絵よりも狭い気もする。

情報量が多い分、作り手の伝えたいと思う方向に見てる側が寄ってしまうというのもあるよね。素直に見ると、出し手の思うツボになるというか。

それはそれでいいところもあるんだけど、自分が出し手になるときは「動かない動き」に興味があったみたい。

表現のスタイル

具体的な描き方について質問なんだけど、今回は全部手描き?

ステンシルっぽい感じかな。型を切り抜いて、そこだけ色がはみ出るようにして、中の色を何層にも重ねるっていう感じでやっていて。だから、絵というか、すこしグラフィックに近いモノになっちゃってるかもしれない。

アナログ方面のチャレンジしてきてると思うんだけど、デジタルとそれを融合させるっていうようなところは考えてる?

今回は考えてなかったな。商業イラストであれば、最初はアナログでスケッチして、だいたい定まってきたらデジタルにしてって感じだけど。デジタルは加工が自由だから、アナログの絵の色をもう少し濃くしたい、みたいなときに調整を掛けられるっていうところを生かして、仕上げに使うっていうのは良いかなと。そうしたほうが一枚のビジュアルとしてよりよくなることはあると思う。

調整ツールとしてのデジタルね。

アナログと組み合わせるなら、そういうイメージだね。

作品を描くときって、イメージとかモチーフはどう考えてる?

モチーフっていうところでいうと……自分が好きな絵を描くときに、全体の絵が円の中に入るようなデザインになってるのが好きだなっていうのはある。丸の中。完全な丸ではないんだけど、そういう形で配置されているのが落ち着くっていうか。

あと、普段生活している中で、なんかイメージが蓄積されていくことがあるね。時には形をぜんぜん持ってないというか、抽象的な感じのものもあったりするし。すべてが統一されたイメージではないけど、自分の中でぐっとくる景色とかを自分の絵にしたいって、瞬間的に思ったりする。

イメージって、普段暮らしてたりとか、ふつうのときに浮かぶ?それとも何か特別なことをしているとき?

ふつうの時だね。フライパン洗っているときとか。フライパンと洗剤との兼ね合いが面白いなって思ったりしてるんだけど、それを一枚の絵にしようと思うと、「……できねえぞ」って。その感じは鉄と洗剤じゃないと出ねえぞと。でもその感じを絵に利用したら面白いんじゃないか、とか。そういうのは考えてるだけで、直接実現することはあんまりないんだけどね。

そういうのはメモったりとかしてるの?

あんまりメモったりはしないかな。仕事だったらメモすると思うけど、自分の作品ではあんまりやらないね。

絵の価値

今回の作品、上手く行ったら自分の家に飾りたいってことだけど。

そうだね。自分にとってそれがブレイクスルーになったら、その記念として置いておきたい。

買いたいって人がいたらどうする?

今回ので感触を掴んで、小さい作品を作るようになったら、それは売りたいと思う。今回のに関しては売るっていう意識はそこまではなかったな。でも買い手が居るなら、売るのはぜんぜんありっちゃありだと思ってる。

100万出すって言ったら?

売ります。即決です。ありがとうございます!って。

ゲリラの作品がテレビごと売れてしまうっていう噂があったけど(笑)。

あのテレビそうとうデカいよね。いいよねあれは。家に置くのにはちょっと大きいけど(笑)。……でも、作品が売れたら売れたでうれしいよなあ、それは。

わからんよ、4都市も周るわけだから。大阪にスゴい羽振りが良い人がいるかもしれない。

しかし海外に比べたら日本はアートを買うという土壌があんまりないって言うし、日本でアートを買う層って、あんまりピンとこないところはあるね。ある意味資産として、ホントに芸術家として認められている人のものは買われているんだろうけど。

漫画とかアニメは買って、アートは買わないっていうのは、物語を感じないからかも。アートから物語を感じ取る土壌や教育がなくて、価値を感じにくいというか。自分もその一人かもしれない。アートを見て何かを感じるっていうのは、同時代に他にどういう人が描いてるとか、作家の影響とか、作品が描かれたときに何が起きたかを知ってるっていう時代性とか、そういうものを物語として見ているところがあるんじゃないかと。

その通りだと思う。

単純に一枚絵を買う話だと、見る人の解釈に依存するけど、それが立体になったり重みを持ったり、少しずつ価値を感じるポイントが増えてくれば売れるものになっていくのかも。たとえばリサ・ラーソンの置物は、生活の役には立たないじゃない。でも、絵は買わなくてもあれは買う人はいるんじゃないかって思うと、そのへんに境界がある気がする。折り紙アートとかもそうだけど、形があるか、平面かっていうのは、対価を考えるときにすごく大きい要素になるんじゃないかと。

絵は言うても一枚の紙じゃないすか。確かに、それにあんな金額は払えない、っていうところになりがちなんじゃないかなと。折り紙も紙なのに、立体になっていると価値が出てくるし、それが生まれやすい。

額縁もそのひとつかも。あれがあるかどうかで、ペラなのか物体なのかが変わる。木であったり彫刻であったりで、そこに「モノ感」がでる。

絵に「モノ感」を足すことで、価値を上げて、いい絵に見せてるところがあるんだろうね。美術館とかでデッカい絵って、だいたいすごい額縁に入ってるじゃん。あれを全部取っ払ったら、印象はそうとう変わるよね。きっとかなり寂しい感じになると思う。

そういう意味でいうと、今回のコーゾーくんの展示は、ただ単にビジュアルを「見る」ものじゃなくて、形を感じる、価値を感じるっていうところに近づいて行ってるんだと思う。

そうそう、それはあると思う。

漫画を裁断して iPad に入れてるんだけど、持ち歩くて読みやすくなるかわりに、それをモノとは思わなくなるもんね。データだと思ってる。

俺も一回裁断してデジタル化してみたんだけど、ほとんど読まなくなっちゃった。ベルセルクを全部 iPad に入れたのに、ぜんぜん読んでない。別のモノになっちゃった気がして。俺はやっぱ本としての漫画が好きなんだなって。俺の中では、絵というものについては、モノじゃなくなった時点で何かしら失われてると感じる部分があるのかもしれない。モノとの境目というか、あるんだよね。

コーゾーくんは絵、ましてや自分が作る作品は、価値を感じる「物体」として手にしたり出していきたいっていうことだね。

そういうことだね。

ライブとカルチャー

今回のライブペインティングは結構チャレンジなの?

ヨザくんは前からやりたいって言ってたんだけど、俺はやっぱり自分の中で完璧にしたものを見せたいなっていうのがあって、ライブ、即興でやるっていうのにあんまり自信がなかったの。でもやったらやったで結構面白いなと。

制約によって面白いものができるっていう、そういう要素がライブには入ってるなーと思って。時間にも限りがあるし、失敗したら失敗したものを生かして、昇華していく方法を身につけなければならない。でも、それによって制約の中でいいものができたりするんだろうなって思った。

そういうところで、mokuva、ヨザくんとかユーキくんとかが、自分だったらやらないところに引っ張り出してくれるっていうのが、やっぱ面白味はあるところだなって思う。

過程を楽しみながら、見る側が自由に発想を膨らましてほしいね。あと、この前のリハーサルで映像が入ったことで、より楽しめるようになったというか。やっぱり絵だけだと長時間みるのはしんどいなって。絵は最初の方がつまんないからね。急に完成度があがるから。そこをちょうど映像がいい具合に埋めてくれるっていうか、やっぱりモーションがあるといいなと思った。

しかしあの場でさこっちとかワカメくんって現場でプログラム書いてたじゃん。あんなこと出来るんだね。なんであんなのがパンパーンと出来ちゃうんだろう。

変態的だよね。引き出しがあってのことだろうけど……。ただそれがコードであるっていうのがすごいよね。

信じられない。自分も多少Flashやってたけど、モーションアニメメインだったからね。

今回のは、けっこうストリートアートっぽいよね。全員が何らかそのへん通ってきたり、VJやったりとかのクラブカルチャーっぽいところを通ったりしてるから。

やっぱりそういうのあるんだね。俺らの年代はそのへんがカッコいいってかんじだったからね。マギくん(※聞き手のこと)もそのへん見てたの?

そこまで詳しくはないけど、やっぱり見てはいたね。みんな何かしら共通点はあるかな。ライブに合わせる VJ の雰囲気もそうだし、ツナギを着るのもそうだしね。

それが mokuva がまとまってる理由の一つなのかもね。そのへんがやっぱり共通してないと、こんなんできないわーってなっちゃったりするから。

20歳ぐらいまでにカッコいいと思ってみてたものが近いんだろうと。それ以降の表現の手法は違うけど、良いと思うモノの感じ方は似てる気がする。みんな、ストリート、ゲーム、ファッション、インターネット、Flash……みたいなあたりを通ってる感じ。そしてそれをカッコいいもの、未来を感じるものとして捉えてた気がする。

当時から確かにそのへんの良く見てたな。

学生時代

絵を描きだしたのっていつごろ?

小学生のときからかな。まずドラえもんだね。周りもみんな読んでたけど、ドラえもん面白いぞ、かわいいぞと。ドラえもんから漫画の入り口がはじまって、とにかく漫画が好きになり、周りの子が読んでいるのを教えてもらったりして、そこからいろいろ読むようになった。

そこからだんだん、その人が使う演出方法はどんなのがあるかとか、そのへんを解析していくようになって。ここでこんなん使いやがったな、みたいな。そういういろんな見方をするようになっていくなかで、自分も漫画を描きたいなと思って。

そのとき、SDガンダムとか、ガチャガチャ、カードダスとかが流行ってて、学校で交換したりしてたんだけど、その好きなキャラクターとか、コロコロコミックの漫画とかをノートに模写するようになったの。

でも、漫画家って一個のキャラクターをいろんなパターンで描かないといけないじゃん。ドラえもんが、今は横を向いてるけど、それを斜め上から見たらどうなるのか。それがぜんぜん描けない。結局写すしかしてないから。だからその時点で、これじゃ漫画家としてはやっていけないわと思った。

それでも、絵を描くなり、何かを作る仕事はしたいと思ってはいたのね。小学生のころはそこまで深くは考えてなかったんだけど、中学に行って、高校行ったぐらいで、そろそろ考えておかなきゃと。

中高生のときは絵を描いてたの?

中高では専ら見るほうで、漫画を集めてたな。描いてはいなかったけど、絵は好きなままだったね。それぞれの年代に合わせた良い漫画があるわけですよ。漫画はすごく幅が広くて、自分に興味を持たせてくれたり、そこから知識を得たり。どんどん読んでいくと、作者の表現方法とかの面白み、ふつうに見るのとかと違った部分が見えてくるようになってきて。グラップラー刃牙も、あれはもう筋肉を読み文字を見るマンガだと思ってた。

範馬刃牙 第15話『鬼の笑み』より

で、高一か高二のときに教室の隅っこの方に本棚があって、そこにいろんな職業について紹介している本があったのよ。それをペラペラ見てみたら、絵を描く仕事の欄に「イラストレーター」ってあって、ああ、そっちの道があるのかと。漫画みたいにストーリー性がなくても、絵を描く仕事って、画家以外にもあるんだと。じゃあそれを目指そうと思ったんだよね。

かといって、絵の勉強をしてたわけではないから、まず専門学校行って勉強しようって思ってさ。それを親に話したら「せっかくやけん、大学行ってみんか」みたいな話をされた。正直俺はそのとき、専門でも大学でもどっちでもいいなって思いつつ、まず美大を考えてみたんだけど、絵の勉強をしてきたわけじゃないから入れないだろうと。そこからちょっと考えて、これからはコンピュータの時代だと思ったのね。

おお、それはなぜ?

まず、自分の中の選択肢としてサラリーマンが全くなかったのよ。うちの実家は鍼灸師やってるところで、周りもみんな米屋とか呉服屋とかの自営業だったから、働くってそういうもんだと思ってた。自分の手を使う職業というところで、靴や鞄を作るとか、そういう物作り系も良いかなとも思ってたんだけど、なんかの雑誌で読んだのかな、「これからはPCを使わなきゃいけなくなる」みたいな、そういうのを目にして。

その当時のコンピュータって、映画のCG作ったり、ゲーム作ったりとか、クリエイター的なイメージだった。これからはコンピュータの時代になっていくっていう、近未来な感じがしたんだよね。そういうものがどんどん広がっていくっていうイメージは、テレビや雑誌で感じてたし。CGってカッコいいし、コンピュータ = CG みたいな。だってコンピュータグラフィックスって言ってるじゃんと。こんな面白いモノが作れるんだったら、それはすごく良いことだなと。

なるほど、CGか!

あと、コンピュータ習っとけっていうのは、もし絵がダメだったときの担保としても考えてたのかも。絵っていうのは、実用的じゃないというか、良いかもしれないけどダメになるかもしれないとは思ってて。それがダメだったときに何とか自分の力を付けておかなければ、とは思ったから、そういう意味では「手に職ではある」っていう道としてコンピュータ系があったのよ。

それで調べてたら、情報学科っていうのがたくさんあるのが分かって。でもプログラム書いたりとかはあんまり興味なかったから、もうちょっとアート的なのも入ってたほうがいいなと思ってたら、ちょうど中京大学に「メディア学科」ってのが誕生します、って。「メディア?」って。PCのにおいがしつつ、ちょっとアート的なにおいもするぞと。見てみたら一期生募集で、推薦入試みたいなのがあったから、受けてみたら受かったわけ。じゃあ行くかと。

親はやめろって言わなかった?絵じゃ食えない、コンピュータは得体が知れない、みたいな。

それは何も言われなかった。お前が行きたいとこいけやぐらいの感じで。唯一、大学には行けっていうだけで。業界的にはあんまり関係ないだろうなと思ってたけど。

大学いくってなったとき、名古屋にしたのはなにか理由が?

実家は宇和島ってところなんだけど、ここ出るんだったらもうどこ行っても一緒だと思ったから、どこでも良かったんよ。大学行ってみたら、うちの地元ぐらいの田舎だったけど。

ウェブとの出会い

大学生活はどんな感じだった?

いかんせん俺らは一期生で、授業が全部実験的な感じ。もちろんパソコンは教えてくれるんだけど、一通りソフトの使い方を習うような授業が多くて、入って3ヶ月目ぐらいで、これはマズいなと思ったの。

俺と同じマンションのひとつ上の階に、同じ学部のやつがいて、ちょっと話したりしたけど、そいつは2ヶ月ぐらいで辞めたんだ。それも見たりして、このままここで授業だけ受ける生活をしてたら、ぜったいイラストレーターになれないと思って「自分でやんないといかんぞ」と。

で、学校の美術室を誰も使ってなかったから、じゃあ俺が使おうと。そこで絵を描いて、学校でホームページの作り方も習ったから、自分のサイトを作って描いた絵を載っけてたら、イラストのエージェントから連絡があって、載せてた絵を使わせてくれないかと。

おおーすごい!

で、びっくりして、「何に使うんですか」って聞いたら、Every Little Thing のDVDのジャケットだと。そんとき初めて「あ、俺、何とかなるかも」って思ったの。それでうれしくなって、本格的にやろうと思って、たくさん描きためて。ちゃんと絵でお金もらえるんだ、っていう実感があったし。

逆に、そこでもし誰にも声を掛けられなかったら、あきらめてたかもしれない。持ち込みとか行ったかもしれないけど。インターネットがなかったら、どうなったかわかんないよね。インターネットがあったから、結構早い段階で「頑張ろう」と思えた。

そんな出来事があったんだね。それが2002年ぐらい?

そうだね、大学2年ぐらいのとき。そんとき Flash がちょうど使われはじめたあたりで、学校でも習ったんだけど、Flash はけっこう入りやすくて。HTML は苦手だったんだけど、Flash は結構分かったから、サイトをFlash で作るように変えてみたの。そうしたら仕事の連絡が来たから、「あ、Flashで作っといてよかった」みたいな。

やっぱFlashなんだ。

大学時代 Flash より先に Director を習ってたからかな。だからFlashにも入って行きやかった。Flashだと動きも付けやすいし、目で見てパッとわかるから、これはちょっと習ってみようと。そっから始まったって感じですわ。

あのころはまだスクリプト全盛じゃなくてモーションアニメ主流の時期だったし、Flashですごい助かった。ホントあれのおかげですよ。HTMLだけだったら最初のところで挫折したかもしれない。

HTMLを書いてCSSを当てるとかじゃなくて、Flashで見たままで作れるっていうのが分かりやすかったと。

そうそう、直感的で。ちょっとスクリプトをいじればボタンとかも作れるし。ブラウザの違いでの表示崩れとかも無かったしね。だから自分には合ってたんだね。

参考書読みながら、そこに出てくるサンプルでサイトを作っていった。もう少し凝ったこと、たとえば更新を簡単にしたいとか考えると、そこでプログラムをさわる必要があって、また覚えていく。それが結構楽しくて。でも、ある一定レベル以上は無理だったね。関数とか配列とか……なんか動かないんだよね。そうなるとイライラして。

学校でウェブデザインは教えてもらったの?

今考えたら、そんな授業は無かったね。あれはデザインじゃない、本当にソフトの使い方を教わっただけ。でも学校はともかく、周りはカッコいいのに敏感だから、当時のカッコいいウェブサイトはいろいろ見てた。IMAGE DIVE っていうカッコいいサイトがあるぞ、とか。そういうカッコいいとされるサイトをたくさん見て、具体例として参考にして、デザイン的な要素を抽出して作った感じ。

ネットが先生みたいな。

そうそう。とにかく IMAGE DIVE がカッコいいっていう印象があったね。モーションの印象がすごくあった。Flashいじりながら、こんな動きはどうやってるんだろうって思ったり。情報の早い友達から、中村勇吾さんのサイトを見せてもらったり。スゴいんだけど、スゴすぎてもはやワケわからんとなったり。

他に、イラストとかデザインに関する情報ってどこで得てた?

STUDIO VOICEとか読んでたね。あとはRelaxとか、+81とか。だいたいそのへん。あとはヴィレバンとか行って……。俺は最初、デザインに関してすごいこだわりがあったわけじゃなかったのよ。俺がグラフィックに興味を持ったのは STUDIO VOICE で、特に2002年2月号、これをみて興味がわいたんだよね。この号に載ってるグラフィティをみて、好きなことして生きている人が居るんだなーって思ったよ。

このグラフィティから、伝えようとする気持ち、勢いみたいなところを感じたのかもね。グラフィティって、無秩序とか怖いとか汚いとか、そういう印象を持つ人もいるけど、これを肯定的に受け止めたっていうところは?

理由なく、これをカッコいいと思ったから。負けじゃないけど、理由は要らねえんだっていう気がしたかな。周りにいままで無かったものだから新鮮に感じたのもあるかも。「そういうのもアリなんだ」っていうところに驚きを感じた。一番グッときたのは、このバンクシーっていう人の絵で。これに衝撃を受けた。単純に上手いなっていうのもあるし、シンプルでメッセージ性もあるし、すごくいいなと思ったんだよね。

なるほど、カッコいい感を全面に出している、ワルい感じゃなくて、ジワジワ来る感じ。考えさせる絵だね。

そうそう。意味合いが感じられて、風刺が効いててね。この人は落書きしすぎて指名手配されてたりして、その破天荒さも気になるし。そして、黒だけでこんなに表現できるんだ、ってのも思ったね。そんなわけで、これは結構ターニングポイント的な雑誌でしたよ。やっぱりアナログはアナログでしかだせないものがあるんだと考えたりしつつも、これ見ながらデジタルで似たものを作ったりして、試行錯誤してた。

好きだと感じるモノが、自分がデジタルで表現できるものに近かった、というのもあったんだね。

うん、それもあったのかも。

就職と個人仕事

大学を出てからは?

大学出てすぐで、就職してた。それが前の前の会社。就活したんだけどさ、4年生の2月まで就職決まってなかったの。まず、会社ではイラストの仕事で入れるところは無いと。だからデザインやりながらイラストの仕事もしようって思って。ウェブのデザインもそうだし、印刷も興味があったから、だから全般。

周りでデザイン系の業界に入った人は、大学のころからバイトで業界に入ってたの。経験があるから強いんだけど、こっちはそういうのが無いから、とにかくまず業界に入り込まなきゃと思ってて、とにかく入り口を探してた。いろいろ受けていったわけだけど、俺のポートフォリオは、学校でデザインの授業を受けてるわけじゃないから、イラストしかないわけよ。経歴も、ELT の仕事やっただけ。

武器がぜんぜんない中でもバンバン送ったけど落ちまくって、これはダメだと。いったん就活やめて卒業制作に集中したりして逃げるんだけど、結局やらないとダメだなと思って、また始めて、いよいよ卒業が迫ってきて。

もう、受からなかったら受からなかったで、バイトでもいいからデザイン関係の仕事探そうって思ってたら、「面接しましょう」っていう声が掛かった。社長がもともとイラストレーターやってて、そこにちょっと興味を持ってくれたみたいで「デザインは勉強不足だけど、なんとか頑張ります」ってことで、採用してくれた。もともと3人で会社やってて、ひとり辞めるからその代わりっていう感じだったね。

おおー!

ああ助かったと思って、親に電話したら半泣き。「良く決まった!」って。何とか安心して、東京出てきて、働きはじめたの。

就職決まったのが2月の後半だったから、東京にくる準備も急いでやったのね。会社が吉祥寺だったから、最初に住んだのは中神ってところで、青梅線で立川から3つ目ぐらいの何にもないところ。東京は東京だったけど、何にもなかった。

で、会社に行くと、俺と社長と副社長で3人、しかも社長と副社長が夫婦だったから、同僚が一人もいない。東京出てきて知り合いがぜんぜんいなくて、会社に行ってもそんな感じだったから、仕事のあとでイラスト描いてサイトに載せて、っていうのをひたすらやってたね。

サイトの更新に励んでたんだ。

イラストの仕事は、ELT の件のエージェントの人からたまに仕事をもらってたぐらいだったんだけど、Janne Da Arc は別で、サイト経由で問い合わせがきた。そういうふうに、サイトから連絡が来て仕事になるっていうのがちょくちょくあったね。あと、けっこうビジュアル系ミュージシャン関係の仕事っていうのが来てて、それは正直自分ではぜんぜん想定してなかった。そういうところに意外にハマったりするんだなあと。

普段は会社で仕事してて営業なんてできないから、東京に知り合いのいない俺であっても、ホームページが営業してくれるんだっていうのがよく分かったね。だいぶ恩恵を受けたと思う。

コーゾーくんにとって、個人サイトは発表の場でもあり、営業ツールでもあったんだ。

でも、よく最初1人でやってたなと思うわ。

mokuva と「動き」の目覚め

mokuva に入ったのはどんな経緯で?

ユーキくんと最初 mixi で知り合ったの。たぶんコミュニティ経由じゃないかな。そこからサイトを見てくれたんだと思うけど。それが2005年かな。ユーキくんとメシ食って、しばらくしたら「mokuva っていうの作るから、入らないか?」って言われて、よく分からなかったけど「あーこれで友達できるわ」と思って入った。

mokuva 加入が転機だって言うメンバーは多いけど、コーゾーくんにとっても大きい出来事だったんだよね。

まず「知ってる人ができた!」って思った。同じような業界で、年も近かったしね。それはうれしかったよ。だってさ、周りに誰もいないっていうのは、周りのことが何も分かってないってことだから。ふつうの人の環境とか、給料とか、どういう暮らしなんだろうとかもね。

ところで、mokuva に合流したぐらいの時期に「作風が定まってきたと同時に、このままじゃダメだと思った」とのこと、これはどうして?

Janne Da Arc の描いたときに、自分の中で「今後はこういうタッチで行こうかな」ってなんとなく思ったのね。その前にもそういうの描いてたし。

でもそのころに、黒田潔さんっていうイラストレーターがバーッと来てて、モノクロで線だけで描いてて、ああカッコいいなあって。自分もバンクシーの流れもあって、モノクロが好きだったからそういうのを描いてたんだけど、でも黒田潔さんみたいな人が出てきてて、自分みたいなぺーぺーが同じようなタッチをやっててもダメなんじゃないかって思ってさ。

自分がやってることと同じようなことをやってる人が出てきてると。

しかも精度が高いぞと。だからもしモノクロで行くとしても、ちょっと方向を変えた方がいいんじゃないかって思って。そこがなんか、自分がやりたいことと、仕事として考えたときにどうやって生き残るかってところとのジレンマみたいな感じがあるね。

ユニークにならないといかんよなって。

そうそう。あと、その当時は俺の見てる範囲だと、世の中には単色使いのイラストが多くて、自分にもその影響があって単色系のスタイルで描いていたのね。でもだんだんとスタイルが変わってきて、単色ベタ塗り系からちょっとリアルというか、書き込み系の流れがでてきた。でも自分はそこまで描けないから、そういう方に向かうのは無理だろう、じゃあどうすればいいか……そんな風に悩んでたときだったな。

そこに Levi's FLU。あれ見たとき、コーゾーくんは最初からずっとああいうタッチなんだと思ったぐらいだったよ。

そう、あれをやり始めたのは、Levi's FLU からなんよ。それまでも線は描いてたんだけど、動きを思わせる線を描いていたわけじゃなかった。Levis FLU のときは、画面の中にリズムが出来るというか、動いている感じというか、すごくいいなと思って。あと、抽象的なものだとしても、線だけっていうのはなかなか無いしね。ふつうは何かモチーフが入ることの方が多いだろうし。

コーゾーくんといえば「動かさずに動かす」線のタッチはよく話題になると思うんだけど、このときに大きな大きな発見があったんだね。

自分一人ではやってなかったな。ユーキくんがそういう風に持って行ってくれた、発掘してもらったという感じがあるね。そこで一歩自分の認識が変わった。5年前に会社を移ったけど、mokuva でいろいろやったのも良い影響だったんだろうね。そういうのをやりながらちょっとずつ自信がついていくっていう感じがあって、次のステップを考えるきっかけになったかな。

独立から現在まで

そして2012年6月に Wab Design から独立したんだよね。そのきっかけは?

区切りとして、かな。30過ぎたら独立しようと、Wab Design に入る前から決めてたことだから。

「決めたからやる」っていうのもすごいことだよ。仕事も楽しく、給料も入って、環境もいいってなったら、やっぱり辞めにくいんじゃない?

だから、そうとう悩んだよ。この選択、間違ってるんじゃないの?って思って、独立する一ヶ月ぐらい前からやたら寝起きが早くなったりして。会社に居るのが悪いことってわけじゃないからさ。不満があるとプシューと行きやすいんだけど、俺はそうじゃなかったから、不満が無いのが不満だったね。「俺にやさしい言葉を掛けないでくれ、決心が鈍るから」って(笑)。ロケットの発射じゃないけど、環境が良いってことは重力が増えるってことなのよ。地球の重力に魂を引かれちゃうから。

今どんなかんじで仕事してるの?

最初はそんなに仕事が来ないと思ってたのよ。いちおう独立するときに数ヶ月は大丈夫なように貯金はしてたから、そのあいだに絵を描きためて営業しようと思ってたの。個人で付き合いがある人とかってぜんぜん居なかったから、3ヶ月ぐらいでヤバい感じになるんじゃないかなって思ってたりしたんだけど、会社で付き合いがあった人に「辞めますメール」を送ったら、いくつか声を掛けてもらえて、だから今はその仕事をしてる。素手でバッと出たら、意外に援護射撃してくれる人がいて、うおー助かったーみたいな。もちろん、ここから先は営業とかしないと厳しいなっていう感じはあるけどね。

それってすごい勇気だよ。

不思議な話だけど、ちょっと期待してた人からは連絡がこなくて、期待してなかった人から連絡が来るっていうようなこともあったりね。出てみて初めてわかることもあった。

たぶん今なんとかなってるのは、6月ぐらいに気合いを入れるために高尾山行って白装束着て滝に打たれたからだと思う。間違いないね。やっぱアレけっこう効いたよ。寒くて心臓マヒになるかと思ったけど、おかげで天狗のご加護が来たんじゃないかと。天狗が俺の肩をつかんでバッと引き上げてくれたと、個人的には思ってる。

だから、ちょっと仕事が無くなってきたら、また滝に打たれにいこうかな。

仕事の幅とユニークと

2010年の年賀状で描いた虎のイラストは、キャラクター表現へのチャレンジだった、とのことだけど。

あれはどっちかというと仕事的なチャレンジで、仕事の幅を増やしたいってのがあった。今まであまり表情がないようなものが多かったから、今度はその真逆で、個性の固まりっていう観点でキャラクターをやってみようと。自分の作風のバラエティも出るし、Flashでアニメーションもできる。それでまたちょこちょこ仕事が入ってきたから、チャレンジは正解だったかなと。

一時期は人間の顔に表情がないのが好きで、そういう方向で描いてた。表情もなくて喜怒哀楽もないけどなぜか優しい、美術室の石膏のような。

能面がそうだよね。表情を出さないことで表情を豊かにする。

動きとか光とかで表情が変わるっていうね。……あっ、能面ね、なぜか実家の玄関にあったわ。毎日見てると慣れてくるんだけど、友達が来ると怖いって言うの。

そりゃ怖いよ。玄関にあったら(笑)。でも、もしかしたら刷り込まれたんじゃない?さっきのフライパンに洗剤じゃないけど、何かを気になるっていうのは日常的にあってさ。

言われてみれば、そんなのが玄関にあったら、そりゃ気になるよね。行き帰りで何度も見てたわけだし……そういう風に考えると、いままで見てきたものって、何かしら関係はあるんだろうな。

もうひとつ、単純化と強調ということで繋がりそうなところだと、CBCでの自己紹介にも「今はタトゥーに興味があります」って書いてたよね。

タトゥーは、ロゴ的なものとして捉えてた。動物を自分なりに紋章化・象徴化したらどうなるのかなと。作るときに動物のエピソードから持ってきてデザインを作るってやってたかな。確かに、それをポップな方向にしたのがキャラクターだね。だから繋がってる。

聞いてると、いろんな方向へのチャレンジを繰り返してきてるんだなと。

今のままでいいのか?っていう疑問は常にある。時流を捉えて今らしい描き方ができるように、常にある一定の周期でタッチをちょっとずつ変化させないと、仕事としてやっていくのは厳しいんじゃないかと。

あと、いままでずっと我流でやってきてるから、今やってるのが必ずしも正解かどうかわからないとも思ってて。実際、他の道には全く手をつけてないわけで、ひょっとしたらそっちのほうが正解だったかもしれないって気持ちもあったり。

キャラクターにしても、昔から好きだったけど自分では描いてなくて。そんなとき、BEAMS のクマのキャラクターあるじゃん。こういうテイストもいいなと思って、自分もそういうタッチで描けたらいいなと思ってやってみた。ただ悩ましいのは、そこもやっぱり人の影響なんだよね。さっきも「ユニークにならないといかん」って話したけど、自分のスタイルがあまり確立できてないっていうイメージもあって、そこがまさにジレンマなんだよ。

「これならあの人だ」って思い浮かぶように絞り込むと仕事が減るかもしれないし、仕事の幅を増やそうと手を広げると自分の根本が揺らぐかもしれない。

そうなんですよ!まさに。

でも、スタイルって、イラストのテイストとは別なのかもよ。たとえば、コーゾーくんのイラストって多くの人がカッコいいとかかわいいと思える、嫌いな人が少ないイラストと思ってるんだけど、そこを狙う気持ちってある?

そこまでアクが強いモノにしているつもりはないから、その意味ではウケる層は広いのかなとは思う。自分の中のバランスに忠実に行こうとしてるだけで、あまり万人に受けるかどうかっていうのは考えてないかな。

その感じが、コーゾーくんそのものなんじゃないかって思ったんだよね。一貫して、動きやリズムがある。動いているっていうのは、軽やかとか、楽しいとかに結びつくし。

動いているモノを止まった中で見せたいっていうのはずっとあるから、それはうれしいな。

そういう意味では、スタイルはもうあるんじゃないかなって。自分が楽しいとか面白いとかっていうのを「動き」に託して出そうっていう姿勢であると。

カッコいいこと言うね。なるほど、姿勢ね。そういうのって、言われてみてはじめて気づくね。考えたこと無かった。やっぱり人と話さないとダメですね。

鍵は「コンテンツ」

目標というか、こういう風になりたいっていう姿はある?

やっぱり漫画家の荒木飛呂彦先生はじめ、バンクシー、……あとあこがれっていうのとはちがうけど、突き抜けてる例として、グラップラー刃牙の作者、板垣恵介先生北斗の拳の作者、武論尊先生原哲夫先生

前から分かっちゃいるんだけど、やっぱイラストは安いなと思う。労力は変わらないのに、Flash バナーのほうが高えじゃねえかっていうね。個人的にはあんまり納得行かないところもあるけど、世間ではそういう認識なんだなって。そうなると「人に頼ってらんねえぞ」ってことで、自分のコンテンツを持とうという考えになってくるわけ。

だから、自分ならではの作品が売れていく、という地点を目指すと。

イラストレーターの仕事において、突き詰めていけば、特定のタッチが必須な状況ってほとんど無いんじゃないかっていうのもある。どうしてもこの人じゃなきゃいけないのかって言われたとき、似たような人もいるわけじゃん。俺のタッチが求められる仕事が常に存在するわけではない。そういう危うさがある。

漫画家とかで自分のコンテンツを持っている存在だったら、それが一番いいんだけど、イラストレーターってそうではないわけ。たとえばゴルゴ13を描いてるレベルになったら、あの人が描いたら何やってもゴルゴだから。

そういう人らって、他の人ではできないものを、確立されているものを作り上げててる。善し悪しもあるけど、俺の理想としてはそっち側なのかも。でも、自分がそこまで行き切れていないっていうことは感じてるから、ここからどういう戦略でいくか、考えなきゃいけない。

このあいだちょっと面白いなと思ったものがあってね、自分で滅茶苦茶な英文を作って、それに対して絵を付けて発表するっていうのを毎日やってる人が居て、その人はそれをまとめて本に出した。

聞いた後は「ああ、俺もできるかも」一瞬と思うのね。滅茶苦茶な英文も絵も、たぶん両方できるんだけど、でもその組み合わせが思いつかないんだよね。1を10にするのはともかく、0を1にするのはホント難しいなと。いまはそういう、ちょっとがんばったら自分でも持てそうな、そんなコンテンツを思いつく力が欲しい。

たとえば、漫画とかアニメじゃない方向で、視覚表現とコンテンツが結びついてるものって?

ひとつは絵本だね。昔一回挑戦したことはある。でもそのときは邪心で、人を感動させたいみたいなのを思って作ったから、クソみたいなのができあがって、ああこれはダメだと。

もしかして、自らがコンテンツを生み出すのが必須ってわけじゃなくて、コンテンツと絵がきちんと結びついて作品になっていることが重要なのかも。

なるほどね。

作・絵っていう分担は割とふつうだし、そこからやってみるのもいいんじゃない?ガモウひろしが作で、小畑健が絵っていうさ。

あれは信じらんないよね、いまだに。あれをガモウが考えてるのかと。ラッキーマンだよ? でもお互いを補って良いもんができたんだから、いいよなあ。

実はちょうど、自分も文章をもうちょっと書いていこうと思っててさ。だからこのインタビューはある意味リハビリ的なのを兼ねてる。

じゃあ、こんどコンテンツ考えてよ(笑)

mokuva 展終わったらちょっとやってみようか。

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今後の活動

今後、直近でやりたいことは?

今回で感触を掴めたら、自分の絵を確立させていくために、個展をやりたいかな。今年は蛇の年賀状を作ったんだけど、今までの作品を作り方じゃなくて、今回の展示と同じやり方で作ってみたの。そのとき実は「え、これでいいの?大丈夫なの?」ってすごく不安になったんよね。

独立してからは誰かと話すのが仕事の打ち合わせとかばっかりで、そうなると作品をチラッと見てもらうみたいなのができない。すると「これ人に出せるものかな」みたいに疑心暗鬼になっちゃって。誰かの意見が欲しくなって、友達に見てもらって「ぜんぜん良いじゃん」「あっそうか」って安心したり。

年賀状、我が家では「コーゾーくんはやっぱり今年もいいね」っていう感じで、連続として捉えてたよ。楽しく明るくて、型押しもしてて、めでたい感じもあって。

そういう考え方もあるんだ。やっぱ人の話は聞かないといかんね。……だからちょっとずつ、個展とかで「出していく」っていうことをしていかなくちゃいけないなって。最近はカフェでも展示できたりするし、そのあたりから始めてみようかなと。

なるほど、ライトにフィードバックが得られるようにしていきたいと。

そうそう。

個展で思い出したけど、ヨザは必ず一定スパンで描かなきゃいけないっていう縛りがある png a day をやることで考え方が広がったって言ってた。

それはデカいよね。仕組みがあることで中身が生まれるっていうのは、すごくあると思う。みうらじゅんも「キープ・オン・ロックンロール」だって言ってるもん(笑)。やり続けることこそが一番大事なんじゃないかな。結局絵にしても何にしても、一個で終わったら広がりはなくて、ズラッと並ぶことが深みになってくる。

小さいキープ・オン・ロックンロールを続けるとコンテンツになる、その一例が漫画なのかも。ドラえもんも、始まる前の次号予告で、机の引き出しから何かでている絵だけ載って、それが何かはまだ決まってないっていう状態だったらしい。そして締め切りに追いつめられて、ドラえもんが生まれた。

システム側から固めて無理やりでもやる、そういう辛さは必要なんだろうね。「自分のレベルより上の仕事が来たら、絶対に断るな」ってタモリも言ってるし。ちょっとずつ上に行かなきゃ、現状維持で後退していくわけだから。

沸き出す必要性がなければ出てこない。逆にやるしかなくなったら、意外と人はやるもんだっていうことだね。

ほんとにね。mokuva 展にしても、個展にしても。具体的に行動しないと何も変わらないのは間違いないから。

mokuva と自分

ということで、最後、mokuvaメンバーそれぞれについて。

ユーキくんは、mokuva に自分を引き込んでくれて、自分にいままでなかったものを引き出してくれて、すごく感謝してる。彼がいなかったら俺は今ここに居るかどうかもわからんし、東京に敗れて帰ってたかもしれん。mokuva に誘ってくれたのはすごく感謝だね。

ヨザくんは mokuva の中で唯一、イラストという同じ方向を向いてながら、俺にはないものをすごく持ってて、似顔絵に誘ってくれたりとか、ライブペインティングとか、自分に無いものを引き出してくれる。そういう意味ではこれからもお互いで刺激しあっていければいいかなと思っております。

ゲリラくんは、同じ愛媛の出身ということで親近感もあるし、彼や津野くんと比べて俺のキャラが弱いな……やっぱ良い話持ってるから。エロを全面に出して、下ネタOK、インパクトを相手に与える、バンバンこいよみたいなところが、見習えるなと。二人に負けないように頑張りたいね。

ワカメくんとは mokuva で知り合ってから RINNEL を改めて見て「ああこの人なんだ」って。俺が買ってた Flash の参考書に載るようなサイトだったから、すごいビックリした。こういうのを同い年ぐらいで作ってる人が居るんだ、って。いや、むしろ自分よりちょっと若いし。あと、若い頃からフリーでやってるってのはすごいもんだよねと。25歳から6年もやってたんだよね。大したもんだよ。

左居くんは、俺の見ている範囲の仕事っぷりはお化けだなと。俺もFlashは触るけど、実況ジェネレーターみてビックリした。そうとう技術レベルが高いし、それに見合った大きい仕事をしてるんだなと。自分はイラストの仕事をしているとはいえ、デザインの仕事もしているわけだから、やっぱそういうところに俺も早く行きたいなと思ってて。頑張らなきゃなって思わせてくれる人かな。

そしてマギくんは、ほかの6人とはまた違う分野じゃないですか。俺は他の6人の感覚とか感性は分かったりすることもあるんだけど、俺らよりもっと大きい半径をみているような。近視眼的になってるときに、全体を見ていて、導いてくれるみたいなイメージがあって。一番ちゃんとしてる人っていうイメージ。

恐縮です。俺はコーゾーくんが一番ちゃんとしてるというか、滅茶苦茶ではないなって思ってたけど。それぞれみんな変な世界でやってる気がするけど、コーゾーくんとは、ふつうに友達の家に来て喋ってるって感じがするな。貴重ですよ。異常集団の中で。

モノ作る人間はみんなどっか変ですよ。そんななかで、滅茶苦茶にはなれないけど、リラックスしてもらえるなら。癒しを与えるってことでね。

じゃあ最後に、mokuvaとは。

そうね……。「良き仲間であり、ある意味ライバルでもある」みたいなところでしょうか。どうでしょうか。

そうと思います。仲間ね。みんな似たようなことを言ってるけど、みんな言い方が違って面白いよ。

他の人のも気になるね。

続きはウェブで。

なるほど(笑)

2013年2月15日
KO-ZOUの自宅にて